二人乗りの自転車はどこまでも行けたのさ

取り留めないことだらだらと

永久凍土に雪解けが訪れる 日食なつこ △Sing better△Tour

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今年も日食なつこさんのツアーに参加してきました。2017年に「マニアたちの親睦会ツアー」に参加して以来、日食なつこさんのライブでその年のライブ初めをするのがすっかり恒例になっている。

 

昨年の「▲Sing well▲Tour」はアルバム「永久凍土」を提げてのツアーだった。

そして今年の「△Sing better△Tour」のテーマは「雪解け」

 

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なつこさんは岩手県花巻市の出身で、雪深い土地で育った。自身のルーツを掘り下げたのが「永久凍土」であり、一所に留まらず外へ飛び出そう、新たなものを創りだそう、という心組みから「wellからbetterへ」と「雪解け」をテーマに掲げたそうだ。

 

雨音(滝かも?)のSEとともに滝の糸のような緞帳が上がり、雨が上がると両手をめいっぱい広げたなつこさんが。歓声が上がるなか、両腕を下から上へと ぶん ぶん と大きく降る。そのアクションに気づいた我々観客は席を立った。満足そうになつこさんは頷くとピアノ椅子に着席。人気曲「水流のロック」でライブはスタート。1番を歌ってからの「会いたかったぞおまえたち!!」*1に拍手と「フゥ−‼︎!」が湧き起こった。

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ステージ奥の天井からは細長い銀テープを幾本も束ねたようなカーテン(語彙が残念なせいで安っぽく聞こえるけどキラキラしててすごくきれい!!)が、水面の揺らぎのような照明を受けとめ、さながら海中でなつこさんがピアノを弾き、歌っているような空間が生まれていた。その海は南国のサンゴ礁、わずかしか日の届かない深海、凍つく氷海と、曲によって表情を変える。要所でエコーがかかり、ピアノの音となつこさんの歌声だけが静かに海中に響く。その残響も残さず味わいたくて耳を澄まし、皮膚の感覚を開こうとした。「極上の非日常を用意した」とのなつこさんの宣言通り、今ここではない、でも世界中どこを探しても今ここにしかない、奥深く誰の手も届かない秘密の空間にいるような感覚を覚えた。

 

 

特に印象深かったのは「vapor」だ。

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機微に敏感すぎる性質のため傷ついてばかりで、その痛みから逃れるために自分の感情・感覚を閉じ、霧雨に身を隠す。しかし「宇宙一大事な人」が痛みを感じている姿を目にして、その人の痛みに寄り添いたいがために感情と感覚を開いて霧雨を晴らしていく…という歌だと私は解釈している。「一体きみはいつからこんな気持ちだったの?」で私はいつもンクッとなってしまう。今も鼻をすすりながらこれを書いている。

 

雨粒にしてまで降らすまででもないこの感情を

もう少し浴びたら雲の切れ間へゆこう

 

さよなら 霧雨

 

曲の最後のこのフレーズで、それまで北極圏の海面に浮かぶ氷の下のような照明だったステージに、日が差したのだ。ステージの上手から、雨上がりの雲間から太陽が顔を出したように、まばゆく温かい色の光が差してなつこさんとピアノを照らす。霧が晴れて、雪がとける。心のなかの凝り固まったものが氷解するような、忘れたくない、美しい光景だった。

 

ライブ後半では「雪解け」=「春の訪れ」を思わせるようにステージがにぎやかになっていく。ブラスバンドが客席から登場して会場をにぎわし、ピアノの前でダンサーが飛んで跳ねて、セットリストの最後の曲「四十路」ではゴスペル隊も加わり、なつこさんの声がけでなんとお客さんも上がれるだけステージに上がってしまった。なつこさんとピアノはお客さんにぐるっと囲まれて、手拍子と合唱に会場が包まれた。

 

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ちゃんと怖いかい?ちゃんと不安かい?

 

俺たちに標識などない 俺たちに保障などない 俺たちに導きはない

○も×もこの手で付けて 間違った日は立て直すための歌を歌うだけ

 

私はなつこさんの、甘くない歌詞が好きだ。背中を押すでなく発破をかけるような歌詞が好きだ。なつこさんの曲は、私の曲がった背骨をいつも矯正してくれる。

この四十路は、甘くない歌詞の歌だと思う。甘くないから胸に迫る。そんな歌が「ライブの最後に観客総立ちで手拍子してみんなで歌う歌」へと新しい光が当たったような瞬間に立ち会えたことが、この日一番の雪解けだったように思う。この歌はこの会場にいるみんなにとっての歌で、「ちゃんと怖い」のも「ちゃんと不安」なのも自分だけ、誰かだけではないと心でわかったことが、とてもとても心強く思えた。

 

 

なつこさんはMCで「雪解けを寂しいとも思う」と言っていた。なつこさんと同じく東北出身で豪雪地帯大好きな私は反射で「わかる…」と口パクで返してしまった。今年は今までになく、春の訪れを一層寂しく、そして喜ばしく迎えられそうだ。

 

*1:なつこさんはファンのことを「私のような者を好きでいてくれるマニア」と認識し、愛をもって「おまえ」呼びをする